2014年03月31日

しいたけの思い出

こちら珠洲はすっかり暖かくなりました。

私の家のまわりでも、ふきのとうがすっかり大きくなり、しいたけのほだ木からたくさんのしいたけが出ているのを見かけます。
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原木しいたけが並ぶ杉林
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小さい頃、ほだ木にしいたけの種菌をかなづちで打ち込むというお手伝いをしたことがありました。
単に、トントンかなづちを打つのが楽しかったのか、遊び半分ではあったのですが。
叩き方が悪くて、頭のほうをよくつぶしてしまってた、というのが懐かしい思い出です。
しかも、手のひらや指の腹の皮が弱かったのか、その日の晩、味噌汁のお椀を持ったときにヒリヒリしたのを今でも覚えています。

あと、しいたけは出始めると一斉に開くのか、それとも近所の作っていらした方の面積が広かったのか、うちのおばあちゃんもしいたけの収穫の手伝いによく行っていました。
その方は、採ったものを乾燥して乾燥しいたけとして出されていたそうです。
その時のおばあちゃんのおやつが、私のほうへも回ってきたので、うれしかったのを覚えています。

今やしいたけは、のと115から「のとてまり」というブランド物も出来て、驚くような値段が付くものがあるとか。
(我が家の採りそびれて、手のひら大にまで広がったという「おばけしいたけ」とはわけが違います。)

そして、たくさんのしいたけを栽培されていた方の、ほだ木が出なくなってくると、一か所にまとめて置かれてありました。そこが、カブトムシの幼虫のすみかとなって、夏の夜になると、灯りに誘われて網戸にブーンとカブトムシの成虫がやってくるということがよくありました。(なぜか、メスばかりで、子供としてはツノのあるオスが来ないものか、と待っていたものです。)

現在はこうした里山も、昔であれば、しいたけの原木として切り出されていたくぬぎやほうそんぼの木が、原木にするには太りすぎて、扱いにくいサイズになっていたり、しいたけ栽培をされていた方の高齢化が進んで、そのまま放置されたほだ木が朽ちながら並んでいたりと、手入れが行き届かなくなってきているようです。

のとてまりのような高付加価値の商品が生み出され、ほだ木用に木が切られ、里山に手が入るようになっていくなどと絵に描いたような展開になっていけば、と思うのですが。
ついでに、里山の食材を美味しくいただくには、炭火がいいということになって、炭も焼かれ、も一つついでに炭火には珪藻土のこんろがいいということで、風が吹けば桶屋が儲かるというようなことにならないものかと淡い期待をしています。^^;

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面白い方向に動き出すには、まだまだ足りないものが山積みですが。




切り出し七輪・こんろの能登ダイヤ工業株式会社
posted by web担当者 at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記